先日、知り合いに誘われて、ある経済の勉強会に、聞く側で座っていた。
前のほうで、講師が熱を込めて話していた。
「このままだと、ドルは紙くずになります」
隣の席の人が、ものすごい勢いでメモを取っていた。線を引いて、丸で囲って、また線を引いて。
私はというと、ぼんやりしていた。
不真面目だったわけではない。話はおもしろかった。ただ、「もうすぐ、とんでもないことが起きる」という類いの話を、私はもう、何十年も聞き続けている気がしたのだ。
若い頃から、本でも、テレビでも、別のセミナーでも。「ドルが終わる」「円が紙くずになる」「世界恐慌が来る」。言い方を少しずつ変えながら、その話は、ずっとそこにあった。
そして、たいていは、外れてきた。
私は、為替の予想がとにかく当たらない
ここで、正直に白状しておくことがある。
私は、為替の予想が、絶望的に当たらない。
「さすがにもう円高に振れるだろう」と思った年は、見事に円安が進んだ。「いよいよ円安が止まらない」と腹をくくった頃には、するすると円高に戻った。
不動産は十数年やってきて、それなりに勝ってきた。でも為替に関してだけは、私の勘は、ほぼ逆張りの占い師のようなものだった。当たらないどころか、逆を引く才能すらある。
だから、ある時点で、私は決めた。
為替の先行きを当てにいくのは、やめよう、と。
当たらない人間が、当てにいって動くと、たいてい高いところで買って、安いところで投げる。これは、身銭を切って覚えた、数少ない確かなことだ。
ただ、一つだけ、前から引っかかっていたことがある
予想はしない。でも、のどに引っかかった小骨のように、前からずっと気になっていたことが、一つだけあった。
みんな「ドルが危ない」と言う。かと思えば「いや、危ないのは円だ」とも言う。
でも、よく考えると、これは、おかしくないか。
強いと言われるドルだって、アメリカの中では、物の値段がどんどん上がっている。同じ100ドルで買えるものは、年々減っている。
弱いと言われる円も、輸入品が軒並み高くなって、生活はじわじわ重くなっている。
つまり、ドルか円か、強いか弱いか、という話の手前で、もっと地味なことが起きている。
紙のお金そのものが、ただ持っているだけで、少しずつ軽くなっている。
これは、予想ではない。もう起きていることだ。気になって、自分でいくつか数字を並べてみた。世界中の借金の総額、アメリカの政府債務、ドルが世界で使われる割合、日本の金利。並べ終えて、「やはり、そういうことか」と、ようやく腑に落ちた。
派手な予言は、当たらない。けれど、この地味な話のほうは、ちゃんと進んでいた。
「もうすぐ嵐が来る」と言い続ける天気予報
危機を予言する人を、私はいつも、半歩引いて見ている。
「もうすぐ大暴落だ」という人は、強い。なぜなら、ずっと言い続けていれば、いつか必ず当たるからだ。
毎日「明日は嵐です」と言い続ける天気予報を、想像してみてほしい。十年のうち、晴れの日は全部外す。でも、いつか本当に嵐が来た日に、その人はこう言える。
「ほら、私が言った通りでしょう」
そして、外していた九割九分は、誰も覚えていない。
危機を売り物にする人ほど、この仕組みの上に立っている。だから私は、「今すぐ」「特別な」「ここだけの」と急かしてくる話からは、静かに距離を取ることにしている。あの勉強会で、私が一番気をつけて聞いていたのも、そこだった。
では、大家として、どう動いているか
ここまで読んで、こう思った人がいるかもしれない。
「で、結局あんたは、不動産を買えと言いたいんだろう」と。
たしかに、紙のお金が軽くなる時代に強いのは、家賃を生む不動産や、金のような現物だ。これは私の長年の持論で、今も変わっていない。
ところが、だ。
いま私が実際にやっているのは、逆である。
買うより、売っている。値上がりした物件を利確して、借金を減らして、身軽になっている。
矛盾しているように見えるかもしれない。「現物が大事と言いながら、自分は手放すのか」と。
でも、自分の中では、ちゃんとつながっている。
現物から降りたいのではない。いったん整えて、次にいつでも動ける体にしておきたいのだ。物件の値段が高くて、金利が上がりはじめた、今だからこそ。
このあたりの話は、書くと長くなる。当てにいかない人間が、なぜ「買え」の時代にわざわざ売っているのか。物件は、ただ売るのと「ある売り方」をするのとで、手元に残るお金がまるで変わること。そのへんは、ブログのほうに、順を追ってまとめた。
結局、私にできるのは
勉強会の帰り道、私は、隣でメモを取っていた人のことを、少し考えた。
あの熱心さは、悪いものではない。ただ、あのメモが、「今すぐ、特別な何か」へ向かわないといいな、と、勝手に心配した。
予想の当たらない私にできるのは、相場を言い当てることではない。
自分の足元を整えて、どっちに転んでも、次に動ける体にしておくこと。それだけだ。
地味な話である。
地味だが、何十年か続けてみて、たぶんこれが、いちばん効く。
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「強いドル、弱い円」のいま、大家として何を考え、どう動いているか。この記事に書ききれなかった続きは、ブログにまとめました。
・「強いドル・弱い円」を、為替と購買力に分けて読むと何が見えるか
・これから円はどっちに動くと見られているか(プロの予想と、私がそれを当てにいかない理由)
・「買え」の時代に、私が物件を売って身軽になっている理由
続きは、こちらで読める。
「ドルは紙くずになる」と言われた勉強会で、私が考えていたこと
